

節子は、1942年、日本の由緒ある武士の家に生まれる。音楽、詩歌、舞踊(仕舞)と、日本の伝統文化の手ほどきを受けるとともに、西洋的教育を受けて育つ。
1962年、東京で画家バルテュスと出会い、まもなくローマで共に暮らし始める。「トルコ風の部屋」など数多くの名作を描いたバルテュスは、当時、ローマのフランス・アカデミー(ヴィラ・メディシス)の館長を務めていた。バルテュスの妻となり、夫をそばで助け、作家、アーティスト、映画人など、近代における最も独創的と評されるクリエーターらを多数迎え入れた。夫妻はローマ郊外の中世城館モンテカルヴェッロを購入し、節子は幼少に親しんだ和の家具を石造りの建物に調和良く取り入れた。
1977年から夫妻はスイスのロシニエール村に暮らし、同じく魅惑たっぷりの別邸「グラン・シャレ」にて、節子はようやく自分自身の才能を開花させる。それまではゲストを迎えるホスト役として、またインテリアデザイナーとして。そしてようやくひとりの画家として制作活動を始める。彼女が最初に作品を見せるのは娘の春美である。物語を絵に描いて娘に伝える。きらきら輝く人形を作ってあげる、節子は物語のプリンセスや可愛らしい動物を色彩豊かに生き生きと描く。夫バルテュスには、奇妙なまでに人間に似た目つきをした猫のシルエットが際立つ、パッチワークのクッションを制作している。
節子の絵画は主に「静物」で構成されている。ところが、「子供と魔法」のティーポットのように、それらのオブジェはまるで息をして動き回っているかのようだ。母国の芸術家らの伝統に則り、節子はオブジェを一線ずつ再度構成し直し、磨きをかけ、色を付け、職人的なオブジェへと造り出し、我々の日常に優雅さと調和をもたらす。視線の鋭さ、描線の明瞭さ、デッサンの精巧さ、影も、ほとんど奥行きもない技法。そこから完璧なまでに滑らかな、そして穏やかな世界が生まれる。穢れのない、人間が生きる時空から離れた世界である。
1991年ムートン・ロスシルドのラベルに、節子は、彼女特有の手法で、ワインの永遠なる物語を表現している。ブドウの房というものは、最初は花であり、それから果実になる。そして、小麦の穂同様、収穫の季節には豊穣をもたらす。そしてようやく待ちに待った最終話には、並々とワインが注がれたカラフと、それを飲む悦び。