

「ようやく西洋人書家が誕生した」、マルローはジョルジュ・マチューにこう賛辞を呈した。1921年生まれ。1947年にパリへと拠点を移す。「叙情的抽象(アプストラクション・リリック)」の先駆者を自負し、記号システムの創始者を名乗る。己のうちに潜む暴力性を自発的に表現する幻想的エクリチュール(文体)。「絵画は即興性を伴うべき」との持論から、描くという行為はキャンバスとのぶつかり合いであり、観衆を目の前にして、激しい色彩と苦悩に満ちた画風の作品を制作するパフォーマンスをしばしば行った。彼独自の絵画的倫理において不可欠とされる、エキシビジョニスム(露出癖)的要素である。マチューは多様な基材(ポスター、家具、金銀細工)を実験的に使用し制作活動を行った。
アーティストの爆発的なダイナミスムは、1961年ムートン・ロスシルドのラベルデザインにも見事に活かされている。