

イリヤ・カバコフは、1933年、現ウクライナ・ドニプロペトロフスク生まれ。ロシア現代芸術界を代表するアーティストである。現在はアメリカ国籍を取得している。
芸術学校、そしてV.I.スリコフ美術大学で学び、1950年代末には書籍の挿画家・イラストレーターとして活躍する。華々しいこれらの活動と平行して、抽象主義から前衛芸術コンセプチュアル・アートまで、当時はソビエト政府が過激革新派と定義されていた活動に身を投じる。かくして、詩人や映画人で結成された「コンセプチュアリスト・サークル」と共に、ロシアにおける非公式文化活動の中心人物となる。
1980年代以降、常に拒否反応を示し続けてきたソビエト連邦における日常や社会主義者の現実を標的として、インスタレーション作品を発表、徐々に世界的に知られるようになった。ワーグナーがオペラ作品を「総合芸術」と定義したと同様、カバコフも「総合インスタレーション」の概念を確立した。つまり、オブジェ、絵画、光彩、テキスト、音楽、それらの力で見る者は異なる世界へとさらわれる。異なるとはいえ、詳細にいたる歴史的現実世界、あるいは見る者独自のファンタスムへの回帰である。
現在は妻エミリアと共同で制作活動を行っており、イリヤ・カバコフの作品は数多くの国際的賞を受賞している。アメリカ合衆国はもちろん、フランス、ドイツ、スペインの有名美術館にて展示され、2004年にはサンクトペテルスブルクのエルミタージュ美術館において、カバコフ作品の大規模展覧会が開催されている。
2002年ムートン・ロスチャイルドのラベルに、カバコフは遠近効果を用い、グラフィックの技巧を駆使して、自らの得意分野である多次元空間を見事に演出してみせた。ロシア語で「OKHO(窓)」と命名されたこの作品。アーティストは、ボトルの「ガラス窓」の裏側にあるもうひとつの世界を我々に覗かせてくれる。膨大な数の羽がくるくると円を描き続け、見る者は夢と美の世界へと放たれる。グラン・ヴァンに潜む、透明な魔力のアレゴリーである。